『幸せの設計』はサラリーマンを去る前に【個の時代】

人はだれしも「幸せ」になることを望んでいる。

ただ、人によりその幸せは様々である。

幸福の「資本」論 橘玲著(ダイヤモンド社)を読んだ。

小生のメンターである「両学長 リベラルアーツ大学」「ヒトデせいやチャンネル」でも、この書籍の内容がたびたび取り上げられることがあり気になっていた。

読んでみて、正直書かれていることが全て理解できたか?

著者と同じ立ち位置での考え方に至ったのか?

と言われると「?」が残るが、それでも本書のベースとなる考え方は直感的に素晴らしいと感じた。

本書から抜粋

“本書では、「金融資産」「人的資本」「社会資本」という3つの資本=資産から。「幸福に生きるための土台(インフラストラクチャー)」の設計を提案しています。この考え方はきわめてシンプルですが、だからこそとても強力です。本書の提案にのっとって正しく人生を「設計」すれば、誰でも「幸福の条件」を手に入れることができるのですから。(プロローグから抜粋)“

この「幸福を設計する」という発想が斬新であり、それでいてよく考えてみると「なるほどよくフィットする」といったところに共感を覚えた。

この考え方をベースに、勝手ながら少し自己アレンジを加え、約25年間務めた『サラリーマン』を見直した。

そして、これから近い将来に到来すると仮説する『個の時代(個人の時代)』かつ『オンラインの時代』に向け「サラリーマンはどうあるべきか?」をうまく解説できないか検証してみた。

我ながら意外とうまくまとまった感じがするので、その内容を共有したい。

少しでも共感頂けるところがあれば何よりである。

『サラリーマン』は幸せなのか?

約25年間のサラリーマン人生を振り返る。

結果として、人生半ばにして会社を退職しサラリーマンを辞めることになったが、サラリーマンという人生は、自分にとって必ずしも悪い事ばかりではなかった。

これは個人の考え方や価値観、サラリーマンとして属した会社やその業界に依存するところも大きいかもしれない。

個性よりも平均化に重きを置く時代の学校教育を受けてきた小生は、大卒後の選択として何も迷うことなく会社に入ることを選択していた。

そして入社後から、ある意味「仕事に関する教育」を受けながら、安定した給料を得ることができた。

サラリーマン時代は、モノづくりの生産技術者であった。

仕事を通じて、製造設備(安定稼働及び効率改善のための改良)や製造プロセス(条件安定化及び効率改善のための改良)、使用する薬液や材料における化学的及び物理的知識や知見、生産指標や品質管理指標等マネジメントに関すること、モノづくりにおける原価やPL(損益計算)といったコスト意識、ベースなところでは、パソコンを用いて表計算や書類の作成、報告やプレゼンテーション、目的に対する目標設定や実行計画の立て方、PDCAの回し方、またメーカーや客先との交渉の仕方についても学んだ。

何となくあたり前に思っていたところもあるが、退職時には、確かに「大卒後の入社当時にはない」多くの「スキル」を身につけ、通常ではできない多くの貴重な「経験」を積み重ねていた。

また、自分の周りを取り巻いた「ヒト」に関しても、入社タイミングが同じである同期、職場における同僚、上司や部下、部門を跨いだスタッフメンバー(製造部、品質管理部、開発部、営業部、総務部、研究所等)、製造プロセスで取り扱う材料や設備のメーカーの人々、工場で作ったモノを使用してくれるお客様等、多岐にわたる多くの「ヒト」との「つながり」を持ち、長く務めるにつれその存在感は生活の大きな割合を占めていた。

幸福の「資本」論 橘玲著(ダイヤモンド社)で解釈しようとすると、

  • 金融資産」:お金 ⇒ 安定した収入あり
  • 人的資本」:お金を稼ぐスキルや能力 ⇒ 会社での仕事を通して学んだスキルや能力あり
  • 社会資本」:人とのつながり ⇒ 会社の業務に関わる多くの人とのつながりあり

結論として、各資本とも「それなりにあり、バランスもとれている」と言えるかもしれない。

では「幸せ」だったのかというと、必ずしもそうでない

なぜだろう?

サラリーマン』における資本形成のフローを次の様に考えてみた。

  • 一般的にサラリーマンは、大学を卒業後、企業に一括で採用され終身雇用の軌道にのる
  • そして「安定した収入(金融資本)」が得られる様になる(大学で勉強し卒業するのは、終身雇用の軌道にのるためといっても過言ではない)
  • 次に会社側は、安定した収入を提供しながらも、将来にわたり会社が求める成果を期待すべく「会社の中で使える人材(人的資本)」を育てるための教育をしていく(本人の好きとか得意ではなく、会社の基準で必要なスキルや能力を身につけていく)
  • また、会社が求める成果を得るために必要となる「ヒトの環境(社会資本)」もそれなりに整えてくれる(同僚や上司/部下、関連部門のスタッフメンバー、〇〇会社という看板で言う事を聞いてくれる材料や設備メーカーの人々等、多くの「ヒト」との「つながり」がそこにはある)

ここで認識しておきたいのは、安定した収入を得て、なお必要な教育が受けられるのも、会社側が「大卒後一括採用し終身雇用すること」を前提としているからである。

この状況下で「幸せでない」理由は大きく2つ

  • 会社で教育されるスキルや能力」は、必ずしも「自分の好きや得意ではない
  • 会社でつながるヒト」は、必ずしも「自分と価値観が合うヒトではない

ことが挙げられ、共通するのは「いずれも自分では選べない」ことである。

自分で選べなくとも、たまたま自分に合っている恵まれた環境にある場合、サラリーマンでも、全くストレスなく楽しく仕事が継続できるかも知れない。

それでも、その状況は「会社の都合」で容易に変わりうることに注意が必要である。

では、「会社にいるのが辛くなった」「確かに自分は幸福ではない」と感じたら、会社からすぐに出ればいいのかというとそうは簡単にいかない

『サラリーマン』を辞めるも辞めないも「リスク」

会社の中で長くサラリーマンとして生きてきた人にとって、会社の外に出て生きていくのは大変である。

これは深刻でかつ本質な問題である。

会社が用意してくれた環境下で、会社のために、会社に言われた通りに生きてきた人にとって、真面目な人であればあるほど、社外では(会社の存在がなくなると)うまく適応できず機能しなくなるリスクがあると考える。

会社でサラリーマンとして長く属することで「ゆでガエル状態」になっていることが多いからである。

ゆでガエル状態」とは、会社という鍋の中でぬるま湯につかって気持ちよくボーっとしている内に、その温度が徐々に熱くなっているのにも気づかず、気が付いた時には頭はのぼせて何も考えられなくなり体も半分茹で上がり自分では動かせなくなっている様な状態である。

この状態で「会社が嫌になったから辞める」といって、外に出たところで「あれっ?これから自分はどうすればいいのか?」と、自分の無力さに遅れて気づくのが落ちである。

じゃあ、我慢して会社に残れば安心か、というとそうでもない

会社の終身雇用体制が崩壊することにより、自分の意志とは関係なく会社を退職しサラリーマンを辞めざるを得ない日が来るリスク(不確実性)が現状高まってきているからである。

何も準備をしてないサラリーマンは「その日」を迎えた時に一体どうなるのであろうか?

実際にそのリスクが確実となる前に「少なくともどういうことが起こり得るのか知っておく」できれば「その時のその状況に備え、事前に行動をしておく」ことが重要である。

しかしながら、もう一つ付け加えるならば、会社のための仕事を真面目に取り組んでいればいる程、「自分が好きに使える時間が減少していることを認識すべきである。

よって仕事以外で「自分の楽しみを享受する時間が思う様に取れない、また「将来の事を考える時間的な余地も生まれにくい

その結果「心身疲れ果てる」と伴に、社会の大きな変化に対しても盲目となり、柔軟な判断や行動ができなくなる

『サラリーマン』における幸福の資本構造(全体像)

これまでの内容を踏まえて、サラリーマンにおける幸福の資本構造の全体像を整理してみた。

『サラリーマン』における幸福の資本構造

サラリーマンにおける幸福の資本構造の全体像は、会社という「枠組み」の中に「金融資本」「人的資本」「社会資本」、更に「時間資本」を持っている形にするとうまく表現ができる。

また、枠組みによって「資本の流れ」変わると考えたため、流れを示す矢印を添えている。

サラリーマン』とは、会社という「枠組み」の中で、まず安定した賃金金融資本)を得る。

これをベースに、会社の業務の遂行に必要なスキルや能力人的資本)を教育されながら、会社の業務の遂行に必要な人達(コミュニティ)の中に入れられ(社会資本)存在しており、その結果として、自分のための時間が極限にまで減らされている時間資本)状態であると言える。

ポイントとしては「人的資本」と「社会資本」が、「枠組み」である会社に依存していることと、「時間資本」が少ないことであり、これらが幸せを感じられない要素となっている。

これらのことが「特に問題ではない」と感じる人も中にはいるかも知れないが、「現状」はよくても、それらのパラメータは「会社に依存」するため、自分の意志とは関係なく、いつ悪化するのかわからない

小生の経験も踏まえると、『サラリーマン』が苦痛を感じるのは「自分の好きや得意と合わない人的資本を身につけ、「自分と価値観の合わない社会資本の中で、多くの時間資本を費やし仕事をしているからであり、「自分でコントロールできない」ことに不満や不安が溜まるからであると考える。

そして、その不満や不安を解消するために「自分が好きなことをして発散する」、もしくは「自分の将来について考えてみる」といった「時間さえ取れないことが、状況を改善しにくい構造となっている、と考える。

繰り返しになるが、サラリーマンがこれからの時代において、最も注意をしなくてはならないのが「会社が大卒一括採用の終身雇用、年功序列による昇給、高額な退職金給付の制度が崩壊するそのリスク(不確実性)が高まっていることである。

あなたの会社は、それでもあなたの雇用を、現状と同条件で守ってくれるのか?

社会が大きく変化し、働き方も大きく変わろうとするなかで、会社が「大卒一括採用の終身雇用、年功序列による昇給、高額な退職金給付の制度が無くなるリスク(不確実性)に対して、どうやって回避をし、そのダメージをできるだけ少なくするか?

少しでも不安を感じるのであれば、将来起こり得る事象について真剣に考え必要な行動をとるべきである。

あなたが少しの時間を自分の将来を考える時間にあて、将来の自分に必要なことを少しでも事前に準備する行動に移せることで、その不安やダメージの影響は大きく緩和できる

税金や社会保険料がどのくらい取られているか?」こんな事さえ理解してなかった小生の様に、退職してしまった後で自分の無知や無力さに気づくのでは手遅れである。

何も備えなしに『サラリーマン』を退職すると

これから起こり得るリスク(不確実性)に対して、何も考えず何も準備することなく過ごしてきた小生の様なサラリーマンが会社を去った後どうなったのか?

先の図をベースに説明ができる。

『個の時代』における幸福の資本構造
  • 金融資本:安定した比較的大きな一本足の収入減はなくなる
  • 人的資本:会社で身につけた「スキル」や「能力」は奪われないが、持っている「スキル」や「能力」は会社内で通用していたモノである
  • 社会資本:ヒトの良し悪しに関わらず、会社というつながりが切れた途端に、今まで自分の周りに存在していた「ヒト」は大半が離れることになる(これはいい人とか悪い人とかではなく、ごく自然な現象であると考える)
  • 時間資本:会社に費やしてきた時間がそのまま増加する。
シチュエーション別 幸福の資本の変化

会社の「枠組み」の中にいたころと比べ、状況は一変し悪化の一途をたどる。

これが小生の実感した、何も準備することなく退職したサラリーマン(ゆでガエル)の実態である。

年齢は50に近づいており、一般的には転職するのは条件的には厳しい(特に過去に転職の経験がない場合)。

事前に自分の職務経歴が現状の市場でどのくらいの価値があるのか押さえていれば少しは違うかもしれないが後の祭りである。

小生の場合は、2020年2月であり、タイミング的に新型コロナという要因も大きく影響した。

更には新型コロナにより変わろうとする社会が必要とする、IT、デジタル、WEBといったインターネットやオンラインに関わる技術には疎かった。

転職は難しいといって、何か新しい事を始めようとするのはもっと難しいことである。

個人で新しいことを始めようとしても、何からすべきかわからず、丁寧に教えてくれる人もいない。

リアルな環境では、協力してくれる人もいなければ、賛同してくれる人もいない。

そこにいる人達は、まだ同じ船に乗ったままの人達だからである。

もっとも近い家族からは

「どこでもいいから、さっさとどっかに勤めたら」

と言われるのが落ちである。

時間だけはたくさんがあるが、一体その時間をどの様に使えばよいのか?路頭に迷うとはこの様なことである。

会社でいわゆるサラリーマンとして長く生きてきた小生が、退職して経験してきたことには厳しい現実しかなかった。

『サラリーマン』と個の時代/オンラインの時代

それでも、退職して1年間、失敗を繰り返す中で大きな流れが見えてくると伴に、自分は何をすべきかが判断できる様になってきた。

はじめに」で言及した通り、これから企業における終身雇用は終わり、組織に依存することもできない、「個の時代(個人の時代)」となると仮定している。

しかも、社会が大きく変化する中、リアルからよりオンラインにシフトする「オンラインの時代」にもなる。

個人の「好き」や「得意」につながる「スキル」や「能力」を身につけ、それを強みとし、リアルな世界だけでなく、オンラインの世界にも積極的に身を置くことが必要となってくる。

具体的に進むべき道は、必ずしも答えが一つではない

それぞれの個人の好き得意考え方価値観家族構成によっても異なってくる。

そして、小生の提案は、サラリーマンの皆さんに「サラリーマンを辞めるべきである」と言っているのではない

サラリーマン時代の収入がある間に「これから想定されうる変化に柔軟に対応できる様、自分は何を準備すべきか?を少しでも考え、そのために行動を起こすべきである」ということである。

具体的には、サラリーマンでいる間に、「人的資本」と「社会資本」の増強を進めることを提案する。

例えば、ストック型の収入源を作るべく、アフィリエイト基盤を築くことを目標とし、そのために必要となる、ウェブサイト作成するスキルブログを書くライティングスキル集客のためのスキル等を抽出、学ぶことによって人的資本を増強する。

『人的資本』を再構築する時のポイント

また、SNS(TwitterやInstagram)を活用し、ブログやアフィリエイトで稼ぐことを目指し、かつ自分の考え方や価値観が合う仲間を集めることで自分に合ったコニュニティを築くことによって社会資本を増強する。

『社会資本』を再構築する時のポイント

いずれも、まめな努力と時間が掛かることであるので、サラリーマンのうちから将来を見越しコツコツ準備するのがよい

この準備ができているだけで、万が一、サラリーマンを去る日が来ても、速やかに挽回の行動にうつることができると考える。

この様に、サラリーマンでいる間に、サラリーマンを去った時に何をすることが適正であるか考え、準備をする行動にうつすための「きっかけ」となるべく、小生の恥ずかしい悲惨な経験から「ヒント」になると思われることを共有する場が「おやじのおと50。」である。

繰り返しとなるが、大きな方向性としては「個の時代(個人の時代)」かつ「オンラインの時代」であるが、具体的に進むべき道の答えは一つではない

個人は皆それぞれ異なり自分に合う道は、自分をよく知っている、自分でしか見つけられないからである。

あくまでも小生を一つの例として頂き、自分であればどうすべきかを考えるヒントにして頂きたい。

そして考えるだけでなく、行動に移すことによって、自分の道を切り開いていって欲しい。

まとめ

サラリーマンを25年間勤め、50を目前にして退職し、自分の経験から気づいたことこれからの時代に必要と考えることを整理しようとしているのが「おやじのおと50。」である。

人生100年時代、ちょうど折り返しの50歳になるまでに、50のポイントを記事として遺すことで、一つの終止符を打つことを目標としている。

そしてそれは、次の50年を迎えるための準備でもある。

少しでも多くの、今まさに中高年のサラリーマンでいる方に伝えたい内容であり、少しでも役に立てることを願っている。

世の中は大きく変化しようとしている。

仮に自分の時代をサラリーマンとして逃げ切ることができたとしても、子供たちに定年までサラリーマンとして勤めなさいとは教えられない時代が来るはずである。

子どもに魚の釣り方を教えることができる親は、魚釣りを学び、魚釣りをした経験がある親である

実際に経験することで、机上の学びでは得られないこと、気づけなかったことを学ぶことができる。

そしてそれは教える時の自信にもつながるはずである。

インターネット上には情報が溢れており、インターネットがあれば何でも調べられるというのは、半分正しいが、半分間違っている。

インターネット上の溢れる情報の「何が正しく、何が間違っているのか?」「何が安全で、何が危険なのか?」「何が信頼できるのか?

リアルだけでなく、オンラインにおいても、依然として子どもの教育における親の役割は大きいと考える。

自分で全てを教えなくとも「どのサイトにいけば、信頼できて、かつ子供にも有益で役に立つ情報がある」と子どもに教えてあげられるだけでも意義がある。

また、親の失敗は子どもの成功につながる。

たとえ成功に直結しなくとも、少なくともロスやリスクは軽減できるはずである。

小生の苦い経験が、ささやかながら何かお役に立てば幸いである

以上

さきち

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